略奪でくすむ「⻩⾦の街」 荒廃するサンフランシスコ

 アメリカ サンフランシスコ

2023/11/12 5:30 ⽇本経済新聞 電⼦版

⽶国を代表するリベラルな気⾵の都市、⻄部カリフォルニア州サンフランシスコ市が苦境に陥っている。新型コロナウイルスの感染収束後も街に⼈が戻らず、⼩売店が相次ぎ閉店するなど空洞化が進む。950ドル(約14万円)以下の窃盗や略奪を「軽犯罪」扱いとして取り締まりに消極的な警察の⽅針もあり、体感治安が悪化し街全体が荒廃している。

1⽇、同市中⼼部のパウエル・ストリート駅。坂道を⾛るケーブルカーが発着する観光名所だが、⼈影はまばらだ。

駅前には9階建ての重厚な建物がある。⾼級百貨店ノードストロームのランドマーク的な店舗だったが、8⽉に35年の歴史に幕を閉じた。道には注射針や空き⽸が転がり、⿇薬使⽤者とみられる⼈が奇声を上げていた。

ノードストロームだけではない。4⽉には⾷品スーパー、ホールフーズ・マーケットの旗艦店が開業から1年で閉店。10⽉下旬にもディスカウントストア⼤⼿のターゲットや⽶スターバックス7店舗が⼀⻫閉店した。⾦融街のスタバ跡地を訪れたメーガン・クナイツさんは「ここも潰れたなんて。もう街中に何もない」と嘆く。

なぜ新型コロナの感染収束後も閉店が相次ぐのか。ホールフーズは「従業員の安全確保」を理由に挙げる。合成⿇薬や覚醒剤を過剰摂取した男性が店内のトイレで死亡していたこともあるという。

ターゲットのブライアン・コーネル最⾼経営責任者(CEO)が「残念ながら悪化している」と指摘するのは、暴⼒や脅迫を伴う盗難による深刻な損失だ。

⽩昼堂々と⼤きなカバンに陳列品を詰め込み⾛り去る――。そんな動画が相次いでSNSで拡散された。サンフランシスコ警察のタダオ・ヤマグチ⽒は「ネットで転売する組織的な略奪が2〜3年で急増している」と指摘する。

⾮営利団体ベイエリアカウンシルの調査では、2022年に移住を考えた⼈の5⼈に1⼈が犯罪を理由に挙げた。警察統計では22年の窃盗件数は前年⽐14%増の約3.7万件。新型コロナ禍前(19年は4.2万件)より少ないが、警察関係者は「実際の被害は統計よりずっと多い」と明かす。

そこにはサンフランシスコ特有の問題も浮かぶ。1つは950ドル以下の窃盗や特定薬物の所持などは軽犯罪扱いとする州法「プロポジション47」の存在だ。薬局⼤⼿ウォルグリーンの⼥性店員は「警察がまともに捜査しなくなり通報を諦めている」と肩を落とす。

厳罰よりも再犯防⽌を重視するという⾵潮があり、警察関連予算の削減も狙いだ。さらに20年に⿊⼈男性が⽩⼈警察官に拘束されて亡くなり、リベラル都市を中⼼に「ブラック・ライブズ・マター(BLM=⿊⼈の命は⼤切だ)」運動が過熱した。刑事司法改⾰が加速して警察の⼈⼿不⾜、⼠気低下を招き、略奪犯がつけこんだ形だ。

2つ⽬は街の空洞化だ。⺠泊仲介のエアビーアンドビー、配⾞アプリのウーバーテクノロジーズ、旧ツイッターのX……。サンフランシスコは多くのテクノロジー企業が本社機能を構えるが、リモートワークやレイオフ(⼀時解雇)で従業員が街から姿を消した。

不動産サービス⼤⼿CBREによると、9⽉末時点で市内のオフィス空室率は過去最⾼の34%。ニューヨーク(15.4%)やシカゴ(21.1%)より⼤幅に⾼い。「さらに上昇が続くだろう」(同社担当者)とみる。

犯罪学には「割れ窓理論」がある。割れた窓ガラスを放置するとさらにガラスが割られて街全体が荒廃し、犯罪が増えるという考え⽅だ。サンフランシスコも空洞化で税収が減り、治安悪化が加速する負のサイクルに陥った。

「まるで1980年代後半〜90年代初めの⽶国をみているようだ」。上智⼤学の前嶋和弘教授は振り返る。再びホームレスが増えてドラッグがまん延するのは「ひとえに景気が悪いから」。当時は景気回復とともに状況は改善したが「今はもっと複雑だ」と話す。

94〜2001年にニューヨーク市⻑だったルドルフ・ジュリアーニ⽒は落書きなどの取り締まりを強化し、凶悪犯罪を激減させた。「警察改⾰とセーフティーネットの両輪が重要だ」(前嶋教授)

変化の兆しもある。⽣成AI(⼈⼯知能)Chat(チャット)GPTを⼿がける⽶オープンAIのサム・アルトマンCEOは「サンフランシスコはテック業界に重要。ここで成⻑を続ける」と出社を重視し、市内のオフィス⾯積を3.5倍以上に増やす。⽶グーグルが出資する⽶アンソロピックも同様だ。19世紀のゴールドラッシュで皆が⽬指した⻩⾦の街が、AIの磁⼒で輝きを取り戻せるか。

サンフランシスコの治安は、保守とリベラルが対⽴する⽶国の「⽂化戦争」の最前線だ。多様な住⺠が集まる都市部では⺠主党候補が⾸⻑に選ばれやすい。このため都市の犯罪対策 は、保守層の格好の攻撃対象になっている。

「街はもう活気がなく、左翼政策のせいで崩壊してしまった」。南部フロリダ州のデサンティス知事(共和党)は6⽉、ゴミが散乱するサンフランシスコの路上で話す動画をXに投稿した。

ブリード市⻑は直後、講演会でデサンティス⽒の動画を流しながら「空きオフィスは住宅に転換し、百貨店跡地はサッカースタジアムにできる。発想の転換で市は⽣まれ変われる」と反論した。

同じくやり⽟に挙がるのは「全⽶⼀住みやすい街」だった⻄部オレゴン州ポートランド市 だ。⺠主党市⻑のもとで犯罪が増え、⼈⼝減に転じたと批判される。だが10⽉末に⾜を運ぶと、薬物問題はあるがダウンタウンはにぎわい、以前と変わらない街並みに⾒えた。

「危険な地域は全⽶どの都市にもある。SNSやメディアは⼀⾯を切り取り、街全体の間違った印象を与えている」。同市に20年住むキャリーさんは語る。サンフランシスコの飲⾷店主も「『ゴーストタウン』は誇張表現で、我々の⽣活は変わらない」と憤る。
24年⼤統領選に向けて、共和党は保守対リベラルの対⽴構図を前⾯に押し出して有権者の取り込みを図る。治安を巡る⾆戦が続くのは間違いない。